• 商業通信コラム

オフィス賃料上昇と企業の米国拠点戦略

日系企業は本社機能と成長拠点をどう配置すべきか 

マンハッタンのオフィス市場は、コロナ禍後の調整局面から、明確な回復局面へ移りつつあります。市場全体には依然として空室が残る一方、交通利便性が高く、設備や内装の状態がよいオフィスの選択肢は減少しています。Aクラスビル最上位のトロフィー物件だけでなく、適切にリノベーションされたミッドティア物件にも需要が広がり、賃料と契約条件に上昇圧力がかかっています。 

こうした環境下で、日系企業からは「米国本社をニューヨークに残すべきか」「今後増員する機能は、ほかの都市へ配置したほうがよいのか」「製造拠点と管理機能を同じ都市に集約すべきか」といった相談が増えています。 

企業が検討すべきなのは、単純な「ニューヨークに残るか、移転するか」という二者択一ではありません。本社、営業、財務、製造、研究開発、オペレーションなどの機能を、米国内のどの都市に配置することが最も合理的か、という視点が重要です。 

マンハッタンの賃貸活動は2024年から回復 

マンハッタンのオフィス賃貸活動は2024年から回復が鮮明になり、2025年に大きく加速しました。商業不動産データベース会社CoStarの分析によると、マンハッタンの新規賃貸活動は、2024年上半期の約1,400万平方フィートから、2025年上半期には1,610万平方フィート、2026年上半期には1,730万平方フィート超へ増加しました。2025年と2026年は、2年連続で上半期の新規賃貸活動が過去の平均を上回っています。 

また、総合不動産企業のColliersの調査によると、2025年のマンハッタンの総賃貸成約面積は4,192万平方フィートとなり、2024年を25%以上上回りました。これは2019年の4,297万平方フィートに2.4%届かない水準で、2020年から2024年までの各年を上回っています。 

賃貸活動の回復は賃料にも表れています。同じColliersの調査では、2025年第4四半期のマンハッタンの平均募集賃料は前年同期比3.5%上昇し、1平方フィート当たり76ドルとなりました。これは2020年10月以来の最高水準です。ただし、賃料上昇はすべての物件に均等に起きているわけではなく、優良物件や改修済み物件を中心に進んでいます。 

出典:CoStar Analytics。各年上半期の新規賃貸活動。 

空室率は高いのに、なぜ賃料が上がるのか 

マンハッタンには現在も相当量の空室があります。それにもかかわらず賃料が上昇している理由は、市場に空いているオフィスと、企業が実際に借りたいオフィスが必ずしも一致していないためです。 

コロナ禍を通じて、リモート勤務でも多くの業務を継続できることが明らかになりました。一方で、企業による出社方針の強化も進んでいます。CoStarが紹介した企業調査では、オフィス出勤方針の遵守状況を測定する企業の割合が、前年の45%から69%へ上昇しました。こうした中、企業は従業員が出社する理由となる、利便性や設備、共同作業環境に優れたオフィスを重視しています。 

現在のテナントは、面積と賃料だけで物件を選んでいるわけではありません。交通利便性、空調設備、自然光、区画効率、ロビーやエレベーターの状態、会議施設、フィットネス施設、屋外スペース、セキュリティ、環境性能などが重視されています。その結果、企業の需要は限られた優良物件に集中しています。 

JLLの調査によると、2025年には、開始賃料が1平方フィート当たり100ドル以上の契約がマンハッタンで313件、合計約996万平方フィートに達しました。そのうち28件は200ドル以上でした。ただし、重要なのは一部の超高額契約を可能とするトロフィー物件そのものではなく、それらの最上位ビルの供給不足によって、需要がその次のグレードや周辺サブマーケットへ波及している点です。 

Alliance for Downtown New Yorkの調査によると、Lower Manhattanの2025年の賃貸成約は475万平方フィートとなり、2024年の約220万平方フィートから2倍以上に増えました。一方、2025年末の空室率は22.2%と、依然として歴史的に高い水準でした。これは、市場全体の空室率が高くても、交通利便性が高く、改修や設備投資が行われた物件に需要が集中していることを示しています。

トロフィーClass Aだけでなく、改修された既存ビルにも需要 

現在の市場を「トロフィーClass Aだけが好調」と捉えるのも正確ではありません。CoStarによると、1~3 Starに分類されるマンハッタンのミッドティア・オフィス、一般にClass B・Cとされる建物でも、2026年上半期の賃貸活動がコロナ前の平均を上回りました。 

これまでのFlight to Qualityは、トロフィーClass Aへの需要集中として語られることが多くありました。しかし現在は、その対象が最上位ビルだけでなく、立地や内装状態に優れたClass B・Cにも広がっています。企業はビルのクラス表示だけではなく、それぞれの価格帯の中で、品質と使いやすさに優れた物件を選んでいるのです。 

日系企業はマンハッタンから移るべきか 

マンハッタンの賃料が上昇しはじめると、コスト削減を鑑みて他エリアを検討する企業が増加します。だからといって、すべての日系企業がニューヨークから移転すべきということではありません。ニューヨークには、金融、法律、会計、広告、メディア、ファッションなどの専門サービスと人材が集積しています。米系金融機関との関係、M&Aや資金調達、東海岸の大手顧客へのアクセスという面でも大きな優位性があります。従って、米州統括、経営管理、財務、法務、営業などの機能には、ニューヨーク地域に残る合理性があります。一方で、すべての人員と機能をマンハッタンに置き続ける必要があるかは、改めて検討すべきです。

したがって、検討すべきなのは「米国本社をニューヨークに置くか、南部へ移すか」ではなく、「どの機能をニューヨークに残し、どの機能をほかの都市へ配置するか」という点です。

業界によって異なる、米国拠点の配置戦略 

米国では、大企業の本社や主要機能が一つの都市に集中しているわけではありません。企業は、産業、人材、顧客、サプライチェーンに応じて、複数の都市へ機能を配置しています。金融ではNew YorkとCharlotte、製造業ではTexasやMidwest、エネルギーではHoustonといったように、業界ごとに合理的な立地は異なります。 

金融:JPMorganChaseはニューヨーク本社を維持しながら拠点を分散 

JPMorganChaseは2025年、270 Park Avenueの新グローバル本社を開設しました。新本社は約250万平方フィートで、1万人の従業員を収容する規模です。これは、同行がニューヨークを引き続き中核拠点として重視していることを示しています。 

一方、同行は2026年4月、CharlotteのSouthPark地区に約14万5,000平方フィートの新オフィスを賃借したと発表しました。1,000人以上を収容でき、2028年初めから従業員の入居を開始する予定です。Commercial and Investment Bank、Private Bank、Consumer Bankなどが入居する計画です。 

この戦略は、ニューヨーク本社を縮小・撤退するのではなく、経営や顧客対応などの中核機能をニューヨークに残しながら、成長する部門を人材集積のある他都市でも受け止める考え方です。 

JPMorganChase新本社 270 Park Avenue 外観 

製造:Toyotaは管理機能をTexasへ統合し、技術機能は適地に残す 

Toyotaは2014年、California州Torranceの販売・マーケティング部門、Kentucky州Erlangerの製造関連本社、New Yorkの一部コーポレート機能などを、Texas州Planoの新しい北米本社へ統合すると発表しました。対象は約4,000人で、2017年に新本社が開設されました。 

統合の目的として、Toyotaは部門間の連携、イノベーション、意思決定の迅速化を挙げています。一方で、Michigan州のToyota Technical Centerは拡張され、エンジニアリングや製品開発機能が強化されました。 

つまり、管理・営業機能を一つの拠点へ集約する一方、研究開発や技術機能は人材や産業集積に適した地域へ残すという、機能別配置の事例です。 

エネルギー:Chevronは本社をHoustonへ移転 

Houstonは、金融のバックオフィス市場というより、エネルギー、天然ガス、化学、エンジニアリング、重工業、物流などの産業集積を背景に、経営機能や事業機能を引きつける都市です。 

Chevronは2024年、California州San RamonからHoustonへ本社を移転すると正式に発表しました。Chairman and CEOとVice Chairmanは2024年末までにHoustonへ移り、その他の本社機能も今後5年間で段階的に移行する方針です。 

この決定は、経営幹部と本社機能を、すでに多数の従業員が働くHoustonに集約するものです。エネルギー関連の企業、人材、取引先が集まる地域に中核機能を置く戦略の一例と捉えることができます。 

Houstonに本社を移した日系企業:三菱重工業 

日系企業にも同様の事例があります。三菱重工業の北米統括会社であるMitsubishi Heavy Industries Americaは2016年、北米本社をNew YorkからHoustonへ移転しました。本社移転の目的は、北米の顧客との関係を一層強化することと説明されています。 

同社は現在もHoustonに北米本社を置き、エネルギー、産業機械、エンジニアリングなど幅広い事業を展開しています。MHIグループ会社のMitsubishi Heavy Industries Compressor International Corporationも、Houston近郊のPearlandで26エーカーの製造・サービス拠点を運営しています。同施設では、コンプレッサーの組立、保管、修理、メンテナンスなどを一体的に行っています。 

三菱重工業の事例は、日系企業が米州統括機能を、金融や専門サービスへの近さだけではなく、主要顧客や成長産業への近さを基準に再配置した例といえます。 

Houstonはどのような企業に向いているか 

Houstonを検討すべき企業は、石油会社だけではありません。次のような業種や機能では、Houstonに拠点を置く合理性があります。 

  • エネルギー、天然ガス、再生可能エネルギー 
  • 化学、素材、プラスチック
  • 産業機械、コンプレッサー、タービン
  • エンジニアリング、EPC、建設関連
  • 港湾物流、輸出入、サプライチェーン
  • エネルギー・製造企業を顧客とする商社、金融、法律、コンサルティング

一方、金融、広告、メディア、ファッションなど、ニューヨークの顧客や人材との関係が重要な企業では、ニューヨーク拠点を維持する合理性があります。製造業や商社でも、米州統括・財務・法務はNew York、エネルギー・化学部門はHouston、技術・製造は工場や顧客の近くというように、機能や事業分野によって拠点を分けることができます。 

日系企業が検討すべき三つの選択肢 

1.ニューヨーク拠点を維持し、面積と用途を見直す 

米州統括、経営、財務、法務、営業など、ニューヨークに置く意味の大きい機能を残します。一方で、在宅勤務、出張頻度、会議室の利用状況、将来の人員計画を分析し、必要面積を見直します。従来と同じ面積を単純に更新するのではなく、より効率的なレイアウトへ移転する、固定席を減らして共用スペースを充実させるなどの選択肢があります。 

2.ニューヨーク地域内で立地を見直す 

マンハッタンだけでなく、New Jersey、Westchesterなども比較対象になります。ただし、賃料だけで判断してはいけません。社員の通勤、顧客訪問、日本からの出張者、空港アクセス、税務上の影響などを含めた総合的な比較が必要です。 

3.成長機能を他都市へ配置する 

今後の増員をすべてマンハッタンで行うのではなく、業務に適した都市へ配置します。金融・オペレーションであればCharlotteやDallas、製造・技術であれば工場や顧客の近くにあるTexas、Midwest、Southeast、エネルギー・化学・重工業であればHoustonなどが候補になります。 

ただし、南部なら必ずコストを削減できるわけではありません。企業が集積するエリアでは、優良オフィスの賃料、人件費、住宅費、内装工事費も上昇しています。 

拠点候補は、次の要素を比較して決める必要があります。 

  • オフィス賃料と内装費 
  • 人件費と採用可能な人材 
  • 主要顧客との距離
  • 工場・物流網・サプライヤー
  • 空港アクセス
  • 税制と経済インセンティブ
  • 駐在員や家族の生活環境
  • 災害リスクと事業継続性

契約期限直前ではなく、早い段階から拠点戦略を考える 

米国は日本と違い、オフィス契約、設計、工事などに一定の時間を要します。一般的には、契約満了の12~24カ月前までに具体的な検討を始めることが推奨されます。大規模な移転や複数都市を含む拠点再編では、さらに早い段階から事業計画と不動産戦略を整理する必要があります。 

日系企業にとって重要なのは、単純にマンハッタンから移転することではありません。米国事業全体を見渡し、ニューヨークに残すべき機能、今後成長する部門、その人材を採用できる都市、顧客や工場の近くに置くべき機能、各拠点の連携方法を整理することです。 

JPMorganChaseのようにニューヨーク本社を維持しながら他都市で成長機能を拡大する方法、Toyotaのように管理機能を統合しながら技術機能を適地に残す方法、Chevronや三菱重工業のように産業の中心であるHoustonへ本社機能を移す方法があります。 

これからの米国オフィス戦略では、「ニューヨークに残るか、移るか」ではなく、「どの機能を、どの都市に配置するか」という視点が、これまで以上に重要になるでしょう。最適なオフィス戦略の構築については、お早めに私どもリダック商業不動産へご相談ください。 

参考資料